Tuesday, August 16, 2011

エーゲ海の白壁のような…: フェタ・チーズ/Feta Cheese

食べ物への執着いまだ断ち難し。

そんな私にとって、たとえば数年間、日本に帰ることを考えたとき、厄介ごとのひとつは、今ある豊富なチーズのバラエティを失うことだろう。もちろん、デパートの地下食なんかに行けば、輸入チーズが手に入るだろうが、「選ぶのが億劫だこと」と思わせてくれるほどの種類はない。乳製品がおいしいことは、ヨーロッパ食文化の特徴だと思うし、酪農国でない日本でそれを期待するのは無理というものだろう。

そう、それに伴ってグリークサラダを失うことは大きな恐怖である。

あくびが出そうな昼下がり、野良猫たちが真っ白な塀の上で眠りこけているアテネのタベルナ。そこで出されたグリークサラダは、無造作にザク切りした真っ赤なトマト、オニオンスライス、そして黒光りするオリーブ、そして真っ白なフェタだけのシンプルサラダだった。テーブルのうえのオリーブオイル、ヴィネガー、それにオレガノをかけただけのドレッシングで食べると、地中海文化の一面を垣間見た気がした。以来、私はフェタの大ファンとなり、グリークサラダは私のお得意サラダのひとつとなっている。

山羊のミルクから作られるチーズ、フェタは、淡白な風味としょっぱさが特徴。手でボロボロっと崩れるほど水分を多く含んでいて、デリではお豆腐のように水をかぶった状態で保存される。ちなみに、一度だけやむを得ずプラスチック容器に入ったフェタを買ったことがあるが、あれはまずかったね。フェタにはプラスチックの匂いが移っていて、科学物質の匂いに敏感な私などは頭がクラクラしてきたものだ。

フェタといえば、2005年、EU司法裁判所がギリシアのチーズメーカーだけが「フェタ」という名前を使う権利を有する、という判決を下した。これを機に、トルコやルーマニア、マセドニアなどでフェタはもともと自国の発明品であるという主張が聞かれるようになった。しかし、長い歴史をもつ食べ物、ひいては文化というものは「国境」という定義が成立する前から作られていたはず。「フェタ」論争は、この事実を見落とすと、食べ物論議がナショナリズムと結びつき、危険かつ滑稽なものになっていく、という好例だったと思う。

フェタを食べるたびに、ギリシアへの旅の風景が心のなかを横切っていく。

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